お腹がすいては観光は出来ぬ。という事で、商店街のいな忠さんでカキ丼を頂く。やっぱり旅行では地場物食べないと。
広島に実家のある同期いわく「宮島はどこもボッタクリだ。本州側で食べればもっと安いのに」とのこと。今回の旅はお金をケチらないと決めていたので僕としては良いのだけれど、地元人間からするとやっぱり気になるらしい。ま、結局のところ僕は美味しければ何でも良いのである。
ご飯を食べ終わった後でもまだ潮が引いたままだったので、厳島神社の大鳥居まで歩いて行くことに。数時間後には海底となるであろう干潟に足を踏み入れると看板が。しかし、重要な部分が読み取れない・・・
個人的には思っていたよりも小さい印象。よく銅像とかだと、真下から見上げるから頭のほうが遠近法で小さく見えてしまいバランスが悪くなるため上半身を大きめに作るって言うのと一緒で、本殿から鳥居を見たときに小さいと画にならないから大きめに作ってるんだろうと思っていたのだけれど。とっても普通サイズだった。
どう撮っても見覚えのある大鳥居になってしまいつまらない。自分が撮った中で、見覚えがない鳥居写真と言えばこの構図くらい。ちなみに、写真右側が本州で左側が宮島。だからどうと言うことではないのだが。笑
神社が好きで旅先でもよく立ち寄るのだけれど、厳島神社には神社特有の空気を強く感じられなかった。やっぱり、観光地になっていると人の出入りが多くてそういう空気も薄れてしまうのだろうか。
それでもやはり、さすが世界遺産。写真を撮るには困らないその風格なのである。
同期も寺社周りが好きらしく、厳島神社に魅力をあまり感じない旨伝えると「オススメがある」と張り切って道案内してくれた。フェリー乗り場から見て、厳島神社のそのまた向こうにあるのが大聖院。参道脇のもみじは少し色づいてきていて良い感じに。
参道の中央には摩尼車(まにぐるま)が設置されている。これを手でコロコロ回しながら本殿に向かう。
ちなみに摩尼車と言うのは、円柱の内部にお経を書き写した書が収められていて回した分だけお経を読んだことになるそうだ。確か、昔は文字(お経)を読めない人が多かったけれど仏教は浸透していた。だから、字が読めない人でもお経を読んだのと同じように徳を得られるよう作られたものだと聞いた気がする。
※回す方向があるので気をつけて。宗派により違うのかもしれないけれど、参道の中央に設置されている場合は左側を通り進んでいく際に回していけば間違いない方向(右回り)に回転することになるかと。
さて、本殿を拝観しさらに置くに進むと水子地蔵があった。ここの空気は本当に凄かった。同期と長い間立ち止まり無言状態に。どちらが言うわけでもなくそそくさと退散して、遠ざかってから「あそこの空気は凄かったね・・・」と話し合ったのである。ここ、空気が重いです。注意。
長い歴史を感じさせる建造物など、信仰の対象にされているであろうそれらは言葉では言い表せないようなパワーを感じた。
続く
[ K-5 DA 18-135mm F3.5-5.6ED AL [IF] WR ]